【特別企画】価値について考える

土地ってどうして誰かのものなの? 専門家に聞いた「土地の価値」の話

こんにちは。ライターの斎藤充博です。

最近こんなウワサを友達から聞きました。

XX横丁とか◯◯街みたいな名前の“超ゴミゴミしてるけどいい感じな飲み屋街”ってあるじゃん? ああいう土地って、本当は法律的にはグレーで、戦後の混乱に乗じてしれっと自分の土地にして商売始めた場所も多いらしいよ……。

マジで? 僕は毎日家賃のために働いているのに? 本当にそんなことができるんでしょうか。

そもそも地面は誰のものでもない、大自然の一部であるはず。それが誰かの所有物になっているってどういうこと……? 本来なら、誰のものでもないわけだし、僕もしれっと商売を始めてもいいんじゃないの……?

そんな疑問(欲望?)をインベスタイムズの編集部に話してみたところ、答えてくれる専門家を二人も連れてきてくれました。中央大学法科大学院教授の土田伸也先生と、東京東部法律事務所の弁護士の西田穣先生です。
バッチリ答えてもらいましたよ!

土田伸也氏

中央大学法科大学院教授。愛知県立大学講師、准教授を経て現職。専門は法律学(行政法)。著書に「基礎演習行政法」(日本評論社)、「実戦演習行政法」(弘文堂)など。

西田穣氏

弁護士。東京東部法律事務所所属。専門は、不動産取引(借地借家を含む)、遺産分割、遺言等相続など。著書に「借地・借家の知識とQ&A」(法学書院)「更新料解決マニュアル~その更新料払う必要ありません~」(共著、旬報社)。

土地を所有するということは法律によって規定された“概念”である

斎藤

なんで土地は誰かのものなんでしょうか? 法律の専門家であるお二人に教えていただきたいのですが……。

土田

斎藤さんの疑問は、なぜ土地に『所有権』が認められているか、ということだと思います。おもしろい質問ですね。

斎藤

おもしろいですかね?

西田

おもしろいと思います。

土田

斎藤さんの疑問にお答えする前に、「なぜ土地に価値があるのか」という話をさせてもらっていいですか? 昔の人類は、獲物を追いかけて、いろいろな場所に移動していました。定住しないで生きていると、その場所に執着する必要がない。だから、この段階では土地に意味も価値もありません

斎藤

そうですね。すぐいなくなっちゃうわけですから。

土田

やがて、人類は農業を行うようになりました。農業を行うには、一定の場所に留まり、土地を利用する必要があります。このときに初めて、土地の「価値」が生まれたのだと、僕は考えています。

斎藤

「その場所に居続ける必要があるから価値が生まれる」——考えたことなかったけど、そうですね。

西田

土地が価値を持ち始めると、今度は土地の奪い合いが始まります。

斎藤

確かに。悲しいことですが、人間の性(さが)なんですね……。

西田

だけど、やっぱり争いは困るんです。そこでみんなで「ここは○○さんの土地だから○○さん以外は勝手に使っちゃダメだよ」という決まりをつくる。つまり、誰かが土地を所有することを保証するんです。

西田

これが「所有権」なんです。つまり「土地を持つ」ということは、法律によって作られた概念なんです。

斎藤

概念……!

土田

現代では、国家という大きな団体が「所有権」という制度を作っているわけです。その制度に参加したうえで、人は「これは自分の土地だ」とか「これはあの人の土地だ」とか言い合っているんです。

西田

実務的な話をすると、日本には『不動産登記法』という法律があります。不動産登記簿というものに「この土地は誰の土地」と記録する。これを『登記』といいます。これで土地の所有権の証明をしているわけです。

斎藤

……メチャクチャよくわかりました。「土地を持っている」っておかしいと思っていたんです。実際に持ち上げられるわけじゃないし。争いを避けるためにみんなで作り上げたルールの結果に過ぎないんですね。

戦後のどさくさに紛れて好立地で商売することは可能?

斎藤

ではここからが本題で……。東京に、古くからあるちょっと怪しい飲み屋街があるじゃないですか。ああいったところって、戦後のどさくさに紛れてできたって聞いたことがあるんですが、本当ですか? どういう経緯で所有権が認められているんでしょうか?

土田

戦後の混乱期に一定の土地を占拠して、その後もずっと住み続けたり商売を続けたりしているケースは確かにありますね。

斎藤

やっぱりそうなんだ。

土田

これは本当にいろいろな事情があるのですが、私が実際に関わったケースの話をしましょう。戦時中に大陸から強制的に日本に連れて来られた人が、ある特定の場所に集まってくる。不安な状況の中なので、同じ国の人同士が集まったほうが、心強いですからね。

斎藤

その気持ちはなんとなくわかります。

土田

ただ、狭いところにたくさんの人が集まってくるもんだから、本来だったら占拠しちゃいけないところ、たとえば道路にまであふれて住み着いちゃうんですよね。

斎藤

ああー。それは良くないけど、当時としては、ある意味しょうがないような。

土田

そうなんです。終戦直後は混乱しているので、まあしょうがないよね、って雰囲気はあったんです。ただ、それからもずーっとそこに居続ける。強制的に連れてこられたから、行くところがないんですよ。

斎藤

事情は痛いほどわかりますが……。ただ、それって法律的にはアリなんですか?

土田

正当には認められていませんから、厳しい言い方をすると不法占拠にあたります。ただ、歴史的な背景もあるので、行政もなかなか対応が難しいんです。

斎藤

なるほど。あの怪しい飲み屋街にもそんな複雑な事情があったのか……。

土地の所有者がわからないまま土地を使っているケースもある

西田

土田先生のおっしゃったケースとは別に、土地の所有者がはっきりしないところに人が住んでいるケースもあるんですよ。これは不法占拠とはちょっと違っていて。

斎藤

土地の所有者がはっきりしないんですか? 国が不動産登記簿をつけているのに?

西田

たとえば、登記している人が、到底いま生きているとは思えないようなケースです。不動産登記簿を見ると、ナントカ左衛門、みたいな名前で。

斎藤

ナントカ左衛門さんですか……。いまも生きていらっしゃる可能性は低そうですね。

西田

そうなんです。そして現在、ナントカ左衛門さんの土地に、Aさんがお店を作って、商売をしているとします。でも土地の所有者であるナントカ左衛門さん以外の人は、Aさんを追い出すことはできないんです。

斎藤

だけど、ナントカ左衛門さんは、いま生きていないから、誰も追い出さないってわけですか……。どうして国の登記簿なのに、そんなあいまいなことが起きてしまうんでしょう。

西田

実はその土地は過去に大火事があって、区画整理をした場所だったんですけど、そのときに登記上の整理もれがあったんでしょうね。こんなふうに、所有者がはっきりしない土地は意外とあるんです。東京にもあるでしょうし、地方ならなおさら多いかもしれません。

斎藤

確かに、戦後すぐの混乱のなかとか、火事とかだと登記も完璧になんてできないでしょうね。それで後々もめることになる、と……。難しいですね。

そのへんに捨ててある土地を拾って自分のものにできないの?

斎藤

なんというか、どちらにしてもたいへん複雑な事情があることはわかりました……。それなら「誰のものでもない土地」を僕のものにできないかなーって思ったのですが、ひょっとしたら意外と簡単にいけますか?

西田

いまから所有者がいない空き地を占拠して、建物を建てて、長年にわたって生活をして、誰からも文句を言われなければ、自分の物にできる可能性はあります。でもそれは犯罪になる余地もあります。

斎藤

やっぱりダメですか……! じゃあ、土地を捨てることってできないんでしょうか? 誰かが捨てた土地なら、そのまま拾っても怒られないかなって。

西田

土地は捨てられないんです。私の元にも山を処分したくて困っている依頼者が何名もいらっしゃいます。でも、誰も買ってくれないし、自治体に寄贈すると言っても受け取ってくれない。これが本当に大変なんです。

斎藤

拾うどころか、押し付け合いをしているんですか! それはもらっても意味なさそうだ……。

土地の値段は市場原理で決まる

斎藤

ただ、そういった要らない土地も、どこかのタイミングで値上がりする可能性もなくはないですよね? バブルの頃にはものすごく土地が高騰して、大もうけした人がいっぱいいたとか聞きます。そもそも土地の値段って誰が決めているんでしょうか?

西田

それは誰が決めているというわけではなく、市場原理で変わりますね。

斎藤

すると、株などと同じですか。最近、値段が上がっている土地ってありますかね……?

西田

この数年では、東京の東側の地価の上がり方が大きい印象があります。江東区、江戸川区や墨田区などです。

斎藤

東側ですか。どうして?

西田

まず、人気の港区や品川区などの地価はもともと高いのですが、実はJR錦糸町駅(墨田区)と田町駅(港区)って、東京駅からの距離は同じくらいなんです。それなのに、錦糸町のほうが地価が安いイメージがありませんか?

斎藤

確かに。東京駅からの距離を軸にすると、錦糸町駅と田町駅が同じくらいの価値っていう観点はなかったですね。考え方ひとつで土地の値段が変わるっておもしろい。じゃあ、たとえば有名人が「この街が魅力的!」って言って、ブームを起こせば、高く売れることも考えられますか?

西田

そうですね。誰かが評価してみんながそこに行きたいと思えば、人が集まって地価は上がります。逆に評価してもらえない土地は駅前を整備したりして、魅力的だと思ってもらうようにするわけです。そういったことをきっかけに地価が上がることは当然あります。

斎藤

ブーム起こしたいな……。

土田

実際の取引金額は、売り買いする人の合意で決められますからね。山奥の土地に「イケてるから1平方メートルで100億円」って値段をつけても、「買う」という人がいれば、それでいいんです。

斎藤

読者のみなさん! 山奥の土地がいま最高にイケてますよ~!!!

土地に投資するのってどうなの?

斎藤

値段の変動をあらかじめ見越したうえで、安く買って、高く売る。そういうことができればいいと思うんですが……。土地への投資ってどうなんでしょうか?

土田

それなら、株や債券など、もっと売り買いしやすい金融商品がたくさんありますよね。その中であえて土地か……。土地って、「ミドルリスク・ミドルリターン」だとよく言われるんです。投資の対象としては、中途半端じゃないかなって僕個人としては思いますね。

西田

私も、投機目的で売り買いするのは、ちょっとお勧めできないって思ってしまいますね。土地を売る・買うとなると、譲渡所得税や登録免許税などの費用がいろいろかかってくるんです。

斎藤

そうか……。お金儲けのために売買するなら、土地以外のほうが簡単だ、と。

西田

ただ、長期的な目線で投資するのは良いかもしれません。「衣食住」という言葉があるように、人にはどこか住む場所が必要です。マンションを建てて、そこに誰かが居住するなら、賃料収入が得られて、その後はその土地を売ることもできるかもしれない。そういった考え方なら、土地に投資するメリットはあるでしょうね。

斎藤

なるほど。

西田

実は、私も投資用のワンルームマンションをいくつか持っています。

斎藤

やってるんですね! 投資を!!!(この記事が載っている「インベスタイムズ」は投資メディアです)

西田

個人の実感として、長期的に運用しないとメリットは出にくいなと思います。短期では難しいかなと。もちろん投資のタイミングは関係しますが。

斎藤

法律の専門家が「難しい」というの、説得力ありますね(あくまで個人の見解です)。

ネットの発達で土地は必要なくなる?

斎藤

そうだ。さっき「長期的」という言葉が出ましたが、遠い未来に、人類がみんなコンピューターに脳を直結して、あらゆる快楽を享受する時代が来たとします……。

西田

はい。

土田

ええ。

斎藤

そのときには、もう土地なんて誰も欲しくなくなりますよね。そうしたら土地は暴落するんじゃないですか?

西田

近い話で考えると、いまは職場に行かなくても、インターネット経由で仕事ができますよね。会社の土地が必要なくなっているということです。これは土地の需要のほんの一部ですが、そのうち人が生活するのに必要なスペースがだんだんと少なくなってくるというのは、ありえると思います。

土田

確かにネットの発達がきっかけで、土地の需要が下がるということは、あると思いますね。

斎藤

(ウケ狙いでムチャクチャ言ってみたのに、冷静に共感されてしまった……。)

土地はいずれなくなる

土田

ただ、斎藤さん。もっと長期的な目線で話をすると、土地っていつかはなくなるものなんですよ。

斎藤

土地がなくなる……? どういうことですか?

土田

生命科学の世界では10億年後に人類は死滅するという話があります。人間がいなくなれば、土地を所有するという概念が消えますよね

土田

また、太陽は常に膨張を続けています。これにより、45億年後に地球が消えてなくなるとも言われています。そうすると、土地そのものが、もうない。

斎藤

……。

西田

…………。

土田

我々も法律学を勉強してきて、いろいろと精緻な議論をしているのに、10億年後にはそれを語る人が誰一人いなくなる。この場所なんかも廃墟になるわけです。45億年後にはその廃墟すらなくなる。本当にもったいないですよね。

斎藤

ええと、10億年後まで行かなくても、その前に自分自身が死んでしまうような……。

西田

途方もない話です……。僕には10年後もよく見えないのに……。

斎藤

駅前の怪しい飲み屋街も、所有者不明の土地も、みんなで押しつけあっているいらない山も、錦糸町も田町も全部なくなる。確かにもったいない……。

土田

いまを生きる——それが人類にとって一番大切なことなのかもしれません。

斎藤

今回って、そんなテーマの記事でしたっけ?

というわけで、「ちょっと怪しい飲み屋街」から「土地の価値そのもの」に迫ってみました。人間の生活に、土地は必要不可欠です。僕がこの原稿を書けるのも土地があってこそといえるでしょう。

そして、今回の取材で「価値」とは社会を構成する人間の総意で決めるものだということがわかりました。
人間にとって必要なら価値があるし、要らなければ価値はない。だけど、人間が地球からいなくなれば、価値そのものも消えてしまう……。
「価値」って人間の活動そのもののようにも思えてきます。
記事を読み終えたら、足元をちょっと見てみませんか。
あなたがいるその場所は、きっと誰かのもので、「価値」がある土地なのです。

  • 当記事は投資啓蒙を目的に作成したものであり、大和投資信託では個別の投資相談は承っておりません。
  • 当記事に掲載の情報は、すべて執筆者および取材対象者の個人的見解であり、大和投資信託の見解を示すものではありません。

この記事の連載を読む

【特別企画】価値について考える

斎藤充博

斎藤充博

1982年生まれの指圧師(国家資格所有)。著書に『子育てでカラダが限界なんですがどうしたらいいですか?』(青月社)あり。